桜庭和志の名言やいい言葉。UFC殿堂入り時のスピーチ全文など。

桜庭和志の名言

IQレスラー、グレイシー・ハンター、生ける伝説などと呼称され、人気を博し、UFCの殿堂入りを果たした、桜庭和志の名言や格言、いい言葉を紹介させていただきます。

明日もきっと我慢できるし、強くなれる。

今日の練習は、死ぬほど辛かった。
けど、我慢できた。
なら、明日もきっと我慢できるし、強くなれる。
だから僕は、「レスラーを辞めたい」なんて思った事が無い。

みんなが喜んでくれれば

みんなが喜んでくれれば、ぼくも自然にハッピーになれる。

本当に考えていかなくちゃならないのはこれから

本当に考えていかなくちゃならないのはこれからですよ。とにかくあのミスを前向きに捉えること。ああいう結果になり、怒ったけど、いま秋山選手に対して特別な感情はありません。ただ彼に限らず、ある選手が体に何かを塗って試合をしたという話も聞いたことがあるし、そういう意味では、まだまだ総合格闘技には課題があるんだなって痛感しました。体に何かを塗るのは、ルール以前にモラルの問題。例えば、ゴルファーがスコアを改ざんするようなもので、モラルを守れない人には厳しい罰則を与えるといった規則整備も必要ではないでしょうか。

子供たちに夢を与えられるスポーツになればいい

ルールを細かく厳正なモノにして、選手たちもモラルを身につけ、子供たちに夢を与えられるスポーツになればいい。

面白いことを本気になって極めていけば

怒るだけならサルでもできる。なんでもたのしくいきましょう。
面白いことを本気になって極めていけば、ある日それが自分のお仕事に生まれ変わったりするんだ。

自信満々だと相手が見えなくなる

試合に臨むときのイメージは、確実に勝つと思っちゃうと僕はダメ、自信満々だと相手が見えなくなる。

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ただただ強くなりたかった

ただただ強くなりたかった

ただただ強くなりたかった、タイガーマスクを見て憧れた。強いし、カッコ良くて。

僕の勝つところを観たいならば

お客さんがぼくの勝つところを観たいならば、ぼくはいくらでも練習する

自分が良くなれば周りも良くなる

基本的に人間は誰かのためじゃなく、自分のためにやっていると思う。自分が良くなれば周りも良くなってくるでしょ。

年を取ることの意味

最近、年を取ることの意味が何となくわかってきた。
判断に迷う局面に出会ったときに、自分の過去の経験に当てはめて物事を考えれるようになった。
年を取る。つまりそれは、経験を積み重ねていく作業なのだと思う。

UFC殿堂入り時のスピーチ全文

どうも、日本からやってまいりました桜庭和志でございます。
今回はこのような立派な賞をいただき、とても感激しております。
ボクはこれまで賞やタイトルには無縁の人生を送ってきました。
最後に取った賞は数年前に忘年会のビンゴ大会であてた2等賞。商品は東京ディズニーシーへのペア招待券でした。
今回の受賞はそれに続く快挙です。
商品はトロフィーだけと聞いていますが、家からわずか1時間でいける東京ディズニーシーに比べて、今回はここラスベガスまではるばるご招待いただきました。
やはり賞の重みが格段に違います。
ボクはラスベガスにくるのは初めてです。
友人たちは「たくさんショーを見たほうがいい」とか「グランドキャニオンまで足を伸ばしたら」などと観光気分のアドバイスをたくさんいただきました。
しかしボクは仕事でここに来ているのです。
今日もラスベガスにいる知り合いから「授賞式が終わったら夜景のきれいな観光スポットをまわってみませんか」とお誘いを受けました。
とてもありがたいお話ですがボクはきっぱりとお断りしました。
このあと、ここにいるドン・フライとダウンタウンのジェントルマンズクラブでPRIDE男塾の会合を開くという重要な仕事が待っているからです。
ボクがUFCのオクタゴンに足を踏み入れたのは今から20年前のことになります。
思い起こせばこの大会へ出場する予定だった先輩が怪我をしてしまい、急きょボクが代役で出場することになりました。
オファーが来たのは試合のわずか4日前です。
驚いたことにオクタゴンで向かい合っていたのはボクより20キロ以上も重い大男でした。
もちろんパワーで押しまくられたもののなんとかアームバーで勝利を飾ることができました。
MMAのデビュー戦ともいえるこの試合でボクはいきなり体重差の洗礼を受け、それを克服することに成功しました。
ボクはプロレスラーに憧れプロレス団体に入門しました。
プロレスというジャンルで育ったボクにとって体重差などはあたりまえで、大きい選手と小さい選手が戦うのはお客さんを喜ばせるギミックとしか考えていませんでした。
しかしMMAにとってそれは命取りにもなりえる大問題だったのです。
競技として体重差は試合を大きく左右します。
ボクは何度もそれを体感し、難しさを痛感しました。
しかし、そういう試合をしてきたことに後悔はまったくありません。
そういう試合をしてきたからこそお客さんにインパクトを残せたことも事実だと思うからです。
ボクはアスリートであると同時にプロレスラーです。
プロレスで学びプロレスから吸収した細胞がDNAとして染み付いています。
お客さんに伝わる試合をすること、それがプロレスラーとしてのボクの矜持です。
大きな選手に向かっていくボクの姿を通してお客さんの人生になんらかの影響を与えることができたとしたらプロとしてこれ以上の幸せはありません。
よくファンの方から「自分の人生を変えた試合」と言っていただけるのがグレイシー一族との抗争。特にホイスとの一戦です。
いまのMMAファンからすれば、まさにクレイジーな試合でしょう。
1ラウンド15分の無制限ラウンドで、決着はタップアウトのみ。
レフェリーストップすら認めない前代未聞の特別ルールで当時は決闘と騒がれた試合です。
この試合でボクとホイスは90分を戦い抜き、最後はグレイシー側がタオルを投入、ボクの勝利で試合を終わりました。
自分の一族のために命懸けで戦う彼ら、その一方でお客さんの思いを背負い、お客さんを飽きさせないように必死に戦うボク。
戦う理由と意味が正反対の2人が真っ向からぶつかりあいました。
試合中、お客さんのボルテージがドンドンと高まっていく中で、ボクは冷静に次に繰り出す一手を考えていたことを今でも覚えています。
グレイシー一族との抗争はボクにとって大きな財産です。対策を考えることで技術の幅もどんどん広がっていったと思います。
ボクは今でも練習で技術的な発見をすることがあります。
特にグラプッリングは奥が深く、今後もそれを追求していくことがボクのテーマだと思っています。
先日何気なく見ていたYouTubeで、柔道の木村政彦先生がアームロックを指導している動画を発見しました。あのエリオ・グレイシーとの戦いを制したキムラロックです。
ボクは我が目を疑いました。取り方がボクとまったく一緒だったのです。これは自分にしかわからない微妙なテクニックだと思っていたことを木村先生が大昔にやっていたのです。
木村先生は偉大な柔道家であると同時に、日本のプロレスラーの先駆者でもあります。柔術、グレイシー、プロレス、MMA、あらためて歴史は繋がってると感じました。
時代はどんどん進んでいます。ボクはキャリアも過去のものになろうとしています。いまのファンにとってはボクも木村先生と同じく歴史上の人物だと思われてるのかもしれません。
でも、ボクはまだ生きています。
常に練習を続け、いまだに技術を磨いています。共に練習している若い子たちに技術は受け継がれ、どんどん進化していくことでしょう。ただ、ボクは本当に受け継いでもらいたいのは技術ではなく心です。プロとしての誇りです。
お客さんに伝わる試合をすること、これからのファイターに送るボクからのメッセージです。
最後になりますがボクのプロレスラーとしての先輩であり、ここにいるドン・フライと歴史に残る試合をした高山善廣さんが先日、試合中のアクシデントで病院に運ばれ現在も頚椎損傷という怪我と戦っています。
高山さんはボクと若手時代をともに過ごしプロレスラーとは何かをもっとも近くで教えてくれた先輩です。
高山さんもドン・フライと共にMMAの凄さを世の中に知らしめた功労者です。皆さんどうか、高山さんの回復を祈ってください。よろしくお願いします。

本日このような機会をいただいたUFCの皆さんに心から感謝申し上げます。ご静聴ありがとうございました

以上、桜庭和志の名言や格言、いい言葉を紹介させていただきました。

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