北野武(ビートたけし)の名言,格言,いい言葉。

北野武(ビートたけし)

お笑いタレントであり、俳優であり、映画監督でもある巨匠北野武(ビートたけし)の名言や格言、いい言葉を紹介させていただきます。

北野武の言葉は人生の教訓にしたい言葉が多く、心に響いてきます。

名言

「変な言い方だけど、自分のために死んでくれる人間が何人いるよりも、そいつのためなら命をかけられるって友達が1人でもいる方が、人間としては幸せだと思う。」

「必死にやってもうまくいくとは限らなくてどうにもならないこともある。それが普通で当たり前だってことの方を教えるのが教育だろう」

「スポーツ新聞に「たけし、再起不能か?」なんて書かれた、あの原付バイクの事故からもう12年の歳月が過ぎている。あの事故を境にして、生きていることに、あまり興味がなくなった。あの事故でわかったことは、運命なんてものは、自分でどうにか動かせるものじゃないということ。どんな運命が待っていようと、それをそのまま受け入れるしかない。」

「いい漫才をしているときは、何をしゃべったか憶えてなかった。いい映画を撮っているときは、神経がピリピリしてくる。いい絵を描いているときは、よだれが垂れる。集中しているかどうかってことなんだろうが、では、どういうときに集中するかっていうと、これがよくわからない。自分でコントロールできるものではないようだ。わかるのは、集中しているときは、脳みそを全部使っている感じがするってことだ。」

「成功の秘訣は、いちばんなりたいものじゃなくて、その人にとっては二番目か三番目の、違う仕事に就くこと。自分にはもっとやりたいことがあるんだけど、今すぐにそれをできる能力はないから違うことをやってます。それぐらい自分を客観的に見られるやつのほうが、成功する可能性は高い」

「立派な師匠って言うのは、何百人もの弟子をみんな食わせた。芸人としてはやっていけないような奴まで食わせている。そういう師匠はやっぱり凄いと思うんだ」

「人間の知恵や創造力は、壁や障害があってこそ豊かに発揮される。分厚い壁が目の前にあれば、子供は放っておいても、なんとかしてそこから自由になろうともがく。壁をぶち壊そうとする奴もいれば、壁の下に穴を掘ろうとする奴もいるだろう。壁の内側に、誰も気づかなかった自由を見つける子供もいるだろう。知恵や創造力で壁を乗り越えるところに、自由の喜びがある。何でも自由にやっていいよという世界では、知恵も想像力も働かせる必要がない。最近の子供にはやる気がないというけれど、それはそういうことの当然な帰結なのだろう。」

「人生はカネと女ってはっきり言ってしまおう。そうやって欲望に正直に生きれば、日本人の顔も少しは活力ある顔に戻るんじゃないかな」

「芸人だったら相手のレベルにチューニングを合わせてやって、喋れるようじゃなきゃしょーがねーよ」

「金のことでつべこべ言うと、母親にこっぴどく叱られたものだ。誰だって、金は欲しいに決まっている。だけど、そんなものに振り回されたら、人間はどこまでも下品になるというのが俺の母親の考えだった。貧乏人のやせ我慢と言ったらそれまでだが、そういうプライドが、俺は嫌いじゃない。」

「30過ぎて親を許せないやつはバカだ」

「世間一般ではアニメオタクとかフィギュアオタクとか、秋葉原をうろついてるやつらを何か差別的に指してるみたいで困るんだけど、ひとつのことにこだわって情熱を傾ける人たちをオタクと呼ぶとしたら、オタクになれるのは実にすごいことだと思うよ」

「おそらく脳には、節電モードみたいなものがついていて、ちょっと慣れてくると、すぐに楽をしようとする。絵でいうなら、描き慣れるということがある。たとえば、ゴリラの絵を描くとする。初めてだから上手く描けないんだけど、絵としては悪くない。ところが、調子に乗って同じゴリラの絵を何枚も描いていると、だんだん手が慣れてきて、すらすら描けるようになる。そうなると、絵としてはつまらない。描き慣れた絵は、見てもあんまり感動しない。」

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人生の教訓としたい言葉のオンパレード!

まさに名言、格言ですね。ほんと人生の教訓にしたい言葉の連続です。

それでは引き続き、名言、格言いい言葉を紹介させていただきます。

「マイホームパパだかなんだか知らないが、いつもニコニコ笑っていて、子供の気持ちがよくわかる、物わかりのいい父親が理想だなんてことになった頃から、ども教育がおかしくなった。駄目なものは駄目なんだと父親が教えてやらなきゃいけない。父親が子供に媚びを売ってどうする。結局は自分が可愛いだけのことなんじゃないか。父親は子供が最初に出会う、人生の邪魔者でいいのだ。子供に嫌われることを、父親は恐れちゃいけない。」

「世代が違うと話が合わないなんて言うのは間違い。話が合わないんじゃなくて、話を引き出せない自分がバカなのだ。年寄りとお茶を飲んでいて、「おじいちゃん、この茶碗は何?」って聞けば、何かしら答えが返ってくる。きっかけさえ作ることができれば、思いもよらない話が聞けることもある。相手はいい気持ちになれるし、こっちは知らなかったことを知る。相手が小学生だって同じだ。」

「他人への気遣いで大切なのは、話を聞いてやることだ。人間は歳を取ると、どういうわけかこれが苦手になるらしい。むしろ、自分の自慢話ばかりしたがるようになる。だけど、自慢話は一文の得にもならないし、その場の雰囲気を悪くする。それよりも、相手の話を聞く方がずっといい。」

「料理人に会ったら料理のこと、運転手に会ったらクルマのこと、坊さんに会ったらあの世のことでも何でも、知ったかぶりせずに、素直な気持ちで聞いてみたらいい。自慢話なんかしているより、ずっと世界が広がるし、何より場が楽しくなる。たとえ知っていたとしても、一応ちゃんと聞くのだ。そうすれば、専門家というものは、きっとこちらの知らないことまで話してくれる。井戸を掘っても、誘い水をしないと水が湧いてこないように、人との会話にも誘い水が必要なのだ。」

「どんなに売れても、300人、400人の客前で上がらないようなヤツは芸人として感受性がないだろ。俺、今もすごい上がり症だしな」

「俺は怒ったり、命令したりはしない。まずスタッフに聞く。「こういうふうに撮りたいんだけど駄目かな?」「このシーンはどうやって撮ればいい?」最終的には自分のやりたいようにやっているのだが、もしかしたらもっといい意見が出るかもしれないから、まず聞くのだ。みんな映画が好きでこの仕事をしているわけだから、意見を求められれば、一所懸命考えて働いてくれる。だから手抜きなんか絶対にしない。スタッフの能力を最大限に引き出すには、これが一番だと思っている。」

「鳥のように自由に空を飛びたいというのは勝手だけど、鳥が飛ぶ為に何万回翼を動かしているかよく見てごらん」

「若いのが作法を学ばないのは、手本になる大人がいないからだ。少なくとも男にとっての作法は、ある種の憧れだったり、「あのときのあの人は格好良かったな」という記憶だ。身近にそんな人がいたら、強制なんかされなくたって真似したくなる。鮨の食い方にしても、酒の飲み方にしても、昔はそうやって格好いい大人の真似をして覚えたものだ。そう考えると、年寄りが「いまの若いのは作法がなってない」と言うのは、天にツバするのと同じことかもしれない。」

「何に興味あんの?って言ったら、やっぱ自分に一番興味あるしさ。何に腹が立つ?って聞かれれば、やっぱ自分だしさ。誰が一番好きかって言えば、これも自分自身なんじゃないかね」

「暴力シーンは淡泊に撮るが、音には凝っている。俺の映画で使っている銃の発射音はすべて本物だ。役者がトカレフを撃っているときは、ちゃんとトカレフの音がしている。床に転がる薬莢の音までが本物だ。俺のところには、世界に出回っているほとんどの銃やマシンガンの発射音の、膨大なコレクションがある。音響さんがアメリカに行って、ものすごい苦労をして録ってきてくれたのだ。言わなきゃ誰もわからないだろうけれど、不思議なもので、観客は無意識にその違いを感じている気がする。」

「努力ってのは宝くじみたいなものだよ。買っても当たるかどうかはわからないけど、買わなきゃ当たらない」

「どんなにワインに詳しくても、ソムリエにワインのことを語ってはいけない。そんなことをしたら、ソムリエは何も大切なことを教えてくれなくなる。「このワインはどうして美味しいの?」と、聞くべきなのだ。」

「稽古を一年やったやつと、十日舞台に出た漫才師がいたとしてさ、その実力の差っていうのは、舞台に出た奴が勝つに決まってるわけだから。稽古は駄目なんだよね。現場に出ないと」

「自分を客観的に眺めて、生きていることを演出するとしたら、一番の理想は、いい映画を撮れたときに死ぬことだ。しかし、映画っていうものは完成した瞬間に、気に入らないところが次々に見えてくる。自分の映画に、満足することはない。満足するようじゃ映画監督なんて続けられない。だから俺も、生きることに興味がないなんて言いながら、いざ死神があらわれたら、こう言ってしまいそうな気がする。「あと1本だけ映画撮らせてくれねぇか」人間、歳を取るとずうずうしくなる。」

「客が来るうちは花だな。客が来なくなって辞めるのはいいんだよ。でも自分の生活が安定したから辞めるっていうのは泥棒だよね」

「お金がないことを、そのまま「下流社会」といってしまう下品さに、なぜ世の中の人は気づかないのだろう。「武士は食わねど高楊枝」という気概はどこへ消えたのか。うちは貧乏だったけれど、母親は商店街で投げ売りをしているような店には、絶対に並ばなかった。どんなに遠い店でも、1円のお客を大切に扱う店に通っていた。」

「子供の教育で大切なのは、タガのはめ方と、外し方なのだ。タガを外しすぎれば、桶はバラバラになってしまう。タガをきつくはめすぎても長持ちしない。自由に何でも好きなことをしなさいと言われたって、何をしていいかわからないという子供が多いんじゃないか。自由というのはある程度の枠があって初めて成立する。なんでもやっていいよという枠のない世界にあるのは、自由ではなくて混沌だ。子供に自由の尊さや、喜びを教えたいのなら、きちんとした枠を与えてやるべきなのだ。」

「あいつ、裏切った、裏切ったって心の中に毒持って生きてくより、相手にいいことしてやったっていう感覚でいるほうがいいんだ。だって、裏切りなんてこれからもじゃんじゃんあるんだから。それをいちいち自分の問題にして抱え込んでたら大変なことになっちゃうもん」

「自分の子供が、何の武器も持っていないことを教えておくのは、ちっとも残酷じゃない。それじゃ辛いというなら、なんとか世の中を渡っていけるだけの武器を、子供が見つける手助けをしてやることだ。それが見つからないのなら、せめて子供が世の中に出たときに、現実に打ちのめされて傷ついても、生き抜いていけるだけのタフな心に育ててやるしかない。」

「物体は激しく動けば、それだけ摩擦が大きくなる。人間だって、激しく動くと熱を持つのだ。はたから見れば、輝いている人間のことが、きっと羨ましく見えるのだろう。だけど、輝いている本人は熱くてたまらない。星だって、何千光年という遠くの地球から見れば、美しく輝く存在だ。「いいなあ、あの星みたいに輝きたい」人はそう言うかもしれないけれど、その星はたまったもんじゃない。何億度という熱で燃えている。しかも、燃え尽きるまで、そうやって輝いていなくちゃいけない。これは真面目に、結構辛いことなのだ。」

「いまの社会は、人生とは何かとか、人間の生きる意味は何かみたいなことを言いすぎる。若い人には、それが強迫観念になっている。何かとそういうことを言う大人が悪いのだ。自分たちだって、生きることと死ぬことの意味なんか絶対にわかってないくせに。天国や地獄が本当にあるのかも、神様がいるのかいないのかも、誰も証明したことがないわけだ。そういう曖昧な状態なのに、生きる意味を探せなんてことを言われたら誰だって迷うに決まっている。」

以上、北野武(ビートたけし)の名言、格言、いい言葉を紹介させていただきました。

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