かっこいい親父でいるために。名言など交えながら赤裸々に。クレヨンしんちゃん、野原ひろしなど。

かっこいい親父でいるために

誰だってそう思うはずだ。

家族を持ち子供が出来たら、かっこいい親父であり続けたいと。

かっこいい親父とはなんだろうか。

抽象的に言えば「強く」「優しく」ということだろうか。

私は今、妻と1人の娘がいる。

なんの取り柄もなく、未だに社会に適用できていない私についてきてくれる妻。

そんな妻が命懸け産んでくれた娘。

私はかっこいい親父でいたいと思いながらも、頼りなくだらしない親父なのだと常々思う。

妻は子育てという自分を犠牲にした穴蔵に籠ったような生活を続けながら娘を育ててくれている。穴蔵とは言うのは大袈裟ではなく、妻からしたら本当に光のない生活を送っているのだろう。そうさせているのはもちろん私のせいではあるのだが。

娘はどうだろうか。この世に生を受けた幸せを感じくれているだろうか。

仕事で、娘が朝起きる前に出かけ、娘が寝静すまってからようやく帰宅する私。

私が休みの日にたっぷりと遊んであげたい気持ちをもちろんあるのだか、自分自身の休養に充てたいという思いが捨てきれないでいるダメ親父。

もう会社なんてどうだっていい。世界の危機もどうでもいい。どんなひどいことになっても家族が一緒にいさえすれば乗り越えられる!

この言葉はクレヨンしんちゃんの野原ひろしの発した言葉だ。

親父たちを代表する言葉であると私は思う。

家族が一緒にいさえすればそれでいい。それを守っていくために親父は頑張るのだ。

妻や子供にどう思われようが親父はお前らを守っていく意志があるのだ。

それをしっかりした形で見させあげられなくてすまないと思う。

人間誰しも自分が一番可愛いものである。自分のことをまず考えてしまう。

だが親父になって変わった。なにかを考える際に自分ではなく家族を考えるのだ。

「人に優しくするのも結局は自分のため」

これは真島昌利の名言であるが、親父は違う。時には自分自身のことを考えてしまうがそんなもの家族のためなら容易に捨てられる。

家族のためなら優しくはしていられない。矢面にたち立ち向かうのだ。

しんのすけのいない世界に未練なんかあるか!?

こちらもクレヨンしんちゃんの野原ひろしの名言だ。

そうなのだ。妻や娘のいない世界で生きていくことなどなんの意味もないのだ。

そう強く思わせてくれる家族に感謝。

後悔するのは選ぶ自由があったから。
面倒臭がるのはやりたいことが沢山あるから。
寂しくなるのは大切な人がいるから。
悔しいと思うのは自分に誇りがあるから。
言いたいことが口から出ないのは想いで詰まっているから

これもクレヨンしんちゃんの野原ひろしの名言だ。親父になって見に染みに言葉だ。

マイホームパパだかなんだか知らないが、いつもニコニコ笑っていて、子供の気持ちがよくわかる、物わかりのいい父親が理想だなんてことになった頃から、ども教育がおかしくなった。駄目なものは駄目なんだと父親が教えてやらなきゃいけない。父親が子供に媚びを売ってどうする。結局は自分が可愛いだけのことなんじゃないか。父親は子供が最初に出会う、人生の邪魔者でいいのだ。子供に嫌われることを、父親は恐れちゃいけない。

父親は子供が最初に出会う人生の邪魔者でいいのだ。この言葉は日本が誇る屈指のリーダー北野武の言葉である。

かわいいでちゅねーだけでは親父は務まらない。世の中の厳しさも教えていかねばいけないし、道理や抗うことかできない不自由さも教えていかねばいけないのだ。

以上、うまくは言えないが、妻よ!娘よ!親父はこう考えているぞって主張でした。

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