津太夫(つだゆう) 日本人初の世界一周を成し遂げた人物

どうも、はうちゅです。

皆様は

日本人で初めて世界一周を成し遂げた人物をご存じですか?

当方は全く知らなかったのですが、

1793年に仙台の石巻から花の都である江戸へ、

若宮丸という船で、米や材木などを運ぶお仕事をしていた4人の乗組員らしいです。

江戸時代のお話なんですね。

そして、4人の名前は、

津太夫、佐平、儀兵衛、太十郎だそうです。

へぇーーーって感じですね。

でも船乗りさん達がなぜ世界一周?

この時代は鎖国してたのでは?

当時の日本で世界を廻れる技術があったのかしら?

どんな船でまわったのかしら?

夢や希望を抱いて世界を廻ろうと決めたのかしら?

そんなことを考えていたら、

なんとこの人達、漂流されたらしいです。

えーーーって感じですね。

石巻から江戸へ船で向かっている途中に暴風が来て流されたらしいです。

1793年の11月に流されて

1794年の5月10日に アリューシャン列島東部のウナラスカ島に漂着したらしいです。

ちなみにアリューシャン列島とは、

アメリカ合衆国のアラスカ半島から、

ロシアのカムチャツカ半島にかけて約1,930キロメートルにわたって延びている列島です。

まぁ、あの辺って感じですね。

そこは、当時はロシア領土でして、常駐していたロシア人に助けられます。

そこから、シベリアのイルクーツクへ移されます。

ん?なんで助けてくれて、なんでイルクーツクへ移送させられたのでしょうか?

というのも、当時のロシアの女帝で、エカテリーナという人物がいまして

エカテリーナは日本とどうにか貿易ができないかと考えていたそうです。

政策に使おうとのことで助けてくれたんですね。

ですが、 津太夫たちがイルクーツクへついて間もなく、女帝エカテリーナが亡くなってしまいます。

え?意味ないじゃん。

ってことで、なんの目的もなくこのあと7年間ほどイルクーツクで過ごします。

その後、アレクサンドルという人物が皇帝につきまして、

その、アレクサンドルに 首都サンクトペテルブルクヘ来るように命じられます。

ざっくばらんに謁見はこんな感じです。

日本に帰りたいか、ロシアに残りたいか、どうしたいの?と皇帝に問われ、

津大夫たち4人は日本に帰りたいと返答します。

なるほどー!

そして、

ロシアからコペンハーゲン、ファルマス、カナリア諸島、サンタ・カタリナ、ホーン岬、マルケサス諸島、ハワイ諸島、ペテロパウロフスクを経て

そして、千島列島沿いにしばらく南下した後、本州東方から八丈島、薩摩の沖合を経由して長崎に到着したそうです。

おかえりなさい!

ということで津太夫は漂流以来12年目にして世界一周を成し遂げました。

とんでもない経緯ですが立派な日本人初の世界一周として認識されております。

このとき、 津太夫は61歳だったそうです。

あまり知られていないお話ですし、偉業とは言いがたいお話ですが、当方の備忘録として紹介させていただきました。

本人たちにとっては悲惨な体験ですね。

流されて、全く知らない島に漂着して、ロシアに、移送されて何年も過ごし、その後たまたま日本へ帰ることができたなんて。

マニアックな歴史ですが、調べてみるとなかなかおもしろいですね。

娘が大きくなったときにおもしろおかしくお話してあげようと思います。

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